香川(高松),JAPAN day1

バスから降りると、霧の中だった。

 

一瞬、本当に自分は起きていて、正しく高松で降りられたのか不安になるほど、夢の中のような濃い霧だった。雨というにはささやかすぎるミストの水滴が降り注いでおり、数十メートル先にある高層ビルは、根っこの部分しかまるで見えない。もし雲の上に立つことができたら、こんな景色なんだろうとふと思った。
 
時刻はまだ6時を回ったところで、駅もまだ寝ぼけたような出で立ちである。本当なら瀬戸内海と快晴が待ち構えているはずだったのに…海が見えるはずの方向は、真っ白な重たい空気が待ち構えており、私を焦らすように海を隠していた。1日目はお遍路しか予定がないので、トイレでお遍路道具一式を身につけた。まだ体にしっくり来ず、菅笠がなんとなく恥ずかしい。
 
お遍路の格好のまま、県庁近くの”さか枝”へ。ここは朝5時から(!)讃岐うどんが食べられるとのことで、ワクワクしながらことでんという相性のローカル線に乗る。イルカがモチーフの、可愛らしい電車だった。
 
さか枝ののれんをくぐり、にわかに焦りだした。讃岐うどんのシステムが全然わからない。赤い縁どりがされた短冊に達筆で”釜うどん””ぶっかけうどん”などが並んでいるが、うどん初心者マークの私には何が何うどんなのか皆目見当がつかない。(ちなみに蕎麦アレルギーなのでかけそば、もりそば…なども全然わからない。勉強します)なんとか聞き覚えのある”釜玉うどん”を注文。てんぷらは何個?と聞かれ、全品が同じ値段で、あらかじめ個数だけ申請しお金を払うシステムなことを咄嗟に理解した。
 
柔らかい食べ物が大好きな私は、事あるごとに”じゃあ讃岐うどんはあんまり好きじゃないかもね。あれはコシがあるから”と言われてきた。果たして本当なのかな?一口食べてその疑念は吹き飛んだ!確かにコシがあって、麺がキュッキュとしているけれども、さっぱりとしたお出汁とよく絡まって喉越し最高だった。私が自分で作るふやふやのうどんとはまた違った美味しさ。うどんという素材の多様性に感謝。
 
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うどんを食べ終わると、お店の奥さんが”若いのにお遍路、偉いわね!頑張ってね!”と笑顔で送り出してくれた。
 
 
うどんを食べた後は、隣の高松県庁へ。ここは日本建築界の巨匠、丹下健三設計!一目見ただけで丹下臭を感じる、このしつこいまでのミニマルデザイン。
 

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ふと顔を上げれば、天井も凝っていた。電球が格子状にハマるようデザインされている。さすがだ。家具は剣持勇さんのデザインとの事だけど、やはり空間に馴染みながらも重みのある形状で感動した。展示品の什器もバウハウスを彷彿させるような機能性をもたせた組み合わせになっていて素敵だった。
 

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丹下建築を堪能した後、やっとお遍路へ。ゆっくり回る予定なので今日は二つのお寺が目的である。まず、86番 志度寺へ。
 
志度駅を降りると、またもや黄泉の国のような濃霧に迎えられた。朝とは違い、すこし風も出てきており、Tシャツに白衣だけの私は肩を震わせた。暫く歩くと、寒さの原因が分かった。海が近いのだ。
 

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海沿いに金剛杖をつきながら歩く。途中、平賀源内博物館を通り過ぎた。歴史の知識に乏しい私は”確かエレキテルなんとかを発明した人だったような…”ぐらいしか思い出せなかった。10分も歩くと志度寺へ到着した。
 
志度寺は小ぶりながらも、立派な木門があったり、五重塔や青銅の鐘があったり、とバラエティーに富んだ寺だった。
 

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まずは手を清めていると、上品なご老人にお疲れ様ですと声を掛けられた。振り返るとご老人は私に手を合わせていた。四国お遍路は、修行しながら庶民に文化を広めていた弘法大師の道のりを辿るものだと言われており、お遍路グッズのあちこちに”同行二人”と書かれている。つまり、一人でいても心の中には弘法大師がいて、二人で修行の道を歩いているということだ。いわば、弘法大師の化身といってもいい。だから四国の人はお遍路の人に優しい。時にはこうやって手を合わせられたり、親切にしてもらったりし、それは”お接待”と呼ぶのだそうだ。
 
ご老人に”どこからいらっしゃったの?”と聞かれたので、静岡と答えるととても驚いていた。ご老人は体には気をつけて、と優しく告げて門の方へ向かっていった。
 
私は本堂へ向かい、納め札を納めた後、お経を詠んだ。普段詠まないので長く感じるが、聞いたことあるフレーズが出てくると、いつもお経をあげてくれていた祖母を思い出した。あちらの世界では宜しくやっているだろうか。
 
納経所へ向かい、納経してもらっている間、またもやお接待でお茶とお菓子を出してもらった。ありがたく頂戴し、飾られていた屏風を眺めていた。隣ではアジア系の外人が沢山お土産を買っていて、お坊さんとドバイの話を英語でしていたのが断片的に聞き取れた。お坊さんも、英語が出来ないといけないグローバル時代なのだなぁ。
 
無事納経をもらい、87番長尾寺へ徒歩で向かう。およそ8キロとのこと。高校の時のマラソンが同じ8キロだったので、余裕だと思っていたが違った。途中山を挟むのだった。
 
活気があるとは言い難いが、人の気配がわずかながらある寂れた道を行く。冬の終わりかけ、枯葉や枯れ木がいやに目につく、閉塞感のある田舎道。雨は止んでいたが、空気は重苦しいままである。
 
わたしは、ふと休職中の会社のことを思った。おそらく、また皆太陽とともに起き、日付が変わるまで働く暮らしをしているのだろう。そこから抜け出した罪悪感の水位が、心の中でせり上がってくるのを感じる。頭を振り払うように足を進ませる。途中、田んぼで土いじりをしているおじさんが気さくに挨拶してくれる度、暖かい香川ではもう割いている桜や菜の花を目にする度、正気に戻った。
 

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普段全く運動しないので、たかだか8キロでも永遠かと思えるくらい(終着が見えないのはいつだって長く感じる)歩くと大きな川にぶつかり、そこからは割とすぐ87番 長尾寺へたどり着いた。
 
長尾寺志度寺より小さく、コンパクトな寺だった。手を洗い、本堂でお参りをすませると、同じ菅笠の男性のご老人に写真を撮って欲しいと声かけられた。なんでも、孫に送りたいとのこと。男性はするするとわたしよりしなやかにiPhoneを操り、写真を孫に送っていた。岐阜県からお越しのご老人は、いわゆる逆打ち(88番から回ること。ご利益が三倍になるらしい)をしていて、6時間かけて歩き88番の寺からやってきたという。
 
ご老人は俳句を嗜むとのことで、小さなメモ帳をポケットから取り出し、いくつか詠んでくれた。小鳥の声や、山々の美しさを詠んだ句が多く、ご老人の感受性の豊かさに感服した。遍路は春の季語ということも教えてくれた。俳句を始めて12年だというが、まだまだ俳句界ではヒヨッコなのだという。とても素敵な趣味だと思った。ご老人とは納め札を交換し、手を振って門前で別れた。とても良い出会いだった。
 
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▲ご老人がとってくれた私。
 
ここで13時過ぎ。宿に戻るには早すぎる。一旦高松市へ戻り、すっかり虜になった讃岐うどん(こんどはうどん棒というお店。素敵なご婦人にご接待で500円いただいてしまった。ありがとうございました)を食べた後、讃岐金比羅へ。
 
雨脚は強まるばかりで、琴平に着く頃には土砂降りになっていた。カッパで電車に乗るのが嫌で傘できたが、金剛杖をつき、傘をさすと両手がいっぱいになり非常に歩きづらい。雨対策があまりに手薄だったことを後悔。
 
高松のうどん棒でご接待を受けたご婦人に”あら、金比羅行くの?途中で諦めちゃダメよ”と意味深に微笑まれたのだが、意味がわかった。信じられないほどの段差が続く。石階段は一段一段が小さく、うっかりすると踏み外しそうになる。振り返るのが怖いほど急勾配。リタイアする人が続々折り返してくる。怖い…でもご婦人に諦めちゃダメよと言われたんだ、頑張らねば。
 
ひたすら登り続けること30分。ようやく本堂へ到着した。雨はさらに激しさを増し、普段は絶景が望めるであろう展望所は、白く霞んだ森しか見えなかった。ただ、かえってそれが雲のように感じ、”遠くまで来てしまったなぁ”というある種の最果て感が身に迫る。
 
納経ができるとのことなのでお遍路用ではあるが、私の納経帳の最後のページに納経してもらった。”行きはよいよい帰りは怖い”とはよく言ったものだが、帰りはあっけないほど早く降りれてしまった。
 
凄まじいほどの残業をこなしていた頃は、精神的にヘトヘトなのに寝れない日が続きとてもしんどかった。今日も疲れてるけれど寝れないだろうと、風呂に入った後読みかけの小説に目を通したが、しばらくして顔に小説がばさっと落ちてきて目が覚めた。体が、もう寝たがっている。こんなに穏やかに入眠出来たのはいつ以来だろう?と泣きたくなるほど嬉しくなりながら、1日目は眠りについた。