静岡(大浜),JAPAN

1年前に亡くなった祖母の家の片付けは、いよいよ大詰めを迎えていた。埃まみれになりながら、ゴミを指定の場所に置きにいった帰り、突然ふとどうしても海が見たくなって、バスに飛び乗った。間に合え、日の入り!

 
静岡駅からバスで約30分。駿河湾をのぞむ大浜という海岸にわたしは来ていた。昔、おじが住んでいて、よく遊びに来た。わたしの夏の思い出が詰まっている。
 
おじが亡くなってから5年が経つ。彼はどうしようもない人だった。ギャンブルとお酒をこよなく愛し、定職にもあまりつかずふらふらと根無し草のような暮らしをしていた。奥さんは心労のせいか早くに亡くなってしまい、子供はいなかった。詳しくは知らないけれど借金もあり、親類である祖母や母は叔父には手を焼いていた。だけど子供がいなかった分、わたしはとってもおじには可愛がってもらった。ダメ人間だなぁと分かっていたけど、わたしはおじが大好きだった。祖母も両親もおじの家に遊びに行くのはいい顔をしなかったが、押し切ってまでわたしは遊びに行っていた。
 
夏になると、朝早くおじのアパートがある大浜へ。昼間は市営プールで思いっきり遊び、夕方は小さなゲームセンターで二人で格闘ゲームをやりまくった。夜になれば近くの中華料理に行ってたらふく食べて、夜布団の上で花札を教わった。二人で原付に乗り雀荘に遊びに行ったこともある。おじに輪をかけてダメな人間が集結していたが、みんなウィットにとんだ面白いおじさんで一緒に遊んでもらった。近くに大判焼きのお店があり、おじさん達によく買ってもらって、雀荘の薄っぺらい座布団の上で食べたのを思い出す。スモークが焚かれてるのかと錯覚するほどタバコで煙い空間だったけど、不思議と嫌には感じていなかった。
 
私は静岡の中でも郊外のニュータウン生まれなので、綺麗な新築の住宅街、インフラの整ったいわゆるモデル都市で育った。大企業や病院の社宅があったこともあって比較的裕福な家庭が多く、友達は皆穏やかでいい子達だった。今となっては子供が育つには最適の環境だとわかるけど、小さな頃からわたしにとってはそれが酷くつまらなく、窮屈なものだと感じていた。おじとの遊びは非常にスリリングではあったけど、当時の閉塞したわたしの心に風穴を開けてくれていたのは事実だ。
 

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バスが大浜に近づくにつれ、違和感を感じざるを得なかった。かつて広大な田んぼだった部分は埋め立てられ、小綺麗な住宅が立ち並んでいた。オンボロだった橋は綺麗になり、おじと原付で走り回ったあの大浜の原風景はすっかり消えて無くなっていた。
 
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かつてはなかった、巨大な避難場所や、遠くに臨む風力発電。3.11の余波をこんなところにも発見できる。瀬戸内海のような穏やかさはなく、時に荒々しく水しぶきをあげる駿河湾。おだやかな気候の裏のこの激しさは、意外と静岡の県民性を写しているようにも感じる。
 

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強い潮風にも負けず、植物はぐんぐん育っていて頼もしい。

 

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そして、歩いていまはお休み中の市民プールへ。子供の頃は巨大に思えていたそれは、目を疑うほど小さな物だった。

 

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近くに見えた風力発電、あるけどあるけど近づかない。あまりに大きすぎて、距離感が全くわからない。

 

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おじの妻がなくなって数年後、おじは大浜からある団地へ引っ越した。そこは窓を開けると風がさあっと通り過ぎる気持ちのよい部屋だった。窓を開ける度、おじは「あいつは大浜の風が好きだったんだよ」とつぶやいていた。その顔は、いつもいつも寂しそうだった。おじには、大浜には思い出が詰まりすぎているのだ。それは、私も同じだ。

 

夏になったら、大浜は子供のにぎやかな騒ぎ声でいっぱいになる。いまはまだ風も冷たく静かだけど、耳を澄ませばあの喧噪が遠くに聞こえるような気がする。今度はまた夏に来よう。